イスラエルの地理と気候
現地ガイドのS氏の説明によると、イスラエルは四国ほどの面積しかないが、地理的に非常に変化があるという。地中海沿岸は肥沃な農地に恵まれ、中央には山地がある。
それを超えると、アフリカ大陸から続く地球の裂け目「大地溝帯」の一部となり海抜マイナス220mのガリラヤ湖、地球上の陸地で最も低い海抜マイナス430mの死海、ガリラヤ湖から死海へ注ぎ込むヨルダン川などがある。
そして夏には40度にもなる南部の乾燥地帯。今、目の前に広がる荒れた丘陵地帯とずっと先の砂漠がイスラエルの国土の半分を占め、人が住めない不毛の地となっている。
想像以上に狭い国土に650万人のイスラエル人と200万人のパレスチナ人が住んでいるこの現実は、図らずも両者の紛争の原点を見るような気がした。
気候も特徴的で変化がある。この狭い国土に温帯から熱帯まで幅広くあり、一年を通じて晴天日が多いという。季節は明確に2つに分かれ、冬の雨季と夏の乾季がある。
イスラエルの徴兵制度
道中さしたる名所や遺跡もないとのことで、お互いを知る意味でツアー参加者の自己紹介をした。
興味深かったのは現地ガイドのS氏だ。鹿児島の出身で20代後半の頃、ガリラヤ湖畔のキブツで3年間働いていた。以後そのままイスラエルに定住。奥さんはモロッコ系ユダヤ人で子供は2人。
日本、イスラエル両国間の輸出入の業務に従事する傍ら観光ガイドや商談の通訳も引き受けている。
最近、妻子の将来を考え、日本国籍を捨てイスラエルの国籍を取得したばかりという。さらに、定められたユダヤ教の修行を積み、ラビから正式なユダヤ教徒としての認証を受けたという。
こうしてS氏は晴れてイスラエルのユダヤ人国民となった。しかし、同時に国民としての兵役の義務が待ち構えているという。
アラブ諸国に囲まれたイスラエルでは、国民総動員で国を守るのが建前だ。イスラエルの兵役制度は男女の区別なく兵役に行き、男は年1回の予備兵になるのが原則。
S氏は年齢的に義務兵役は免除されているが、予備役兵として招集される可能性はあるという。いつ対象者となるかわからないが「イスラエル国民となった今、1度は任務を果たすつもりだ」とキッパリ語っていた。
しかし、彼にも悩みがある。国防の前線に送られることはないが、これまで予備役兵はガザ占領地区の検問所やヨルダン川西岸のユダヤ人入植地の警備に送られることが多く、パレスチナ過激派の標的になりやすい。妻もこの点を心配していると胸の内を明かした。
日本から遠く離れたイスラエルの地に、かくも強い精神力で、逞しく人生を切り開いている人物がいるとは実に驚きであった。旅の仲間も彼の話を聴きながら、しきりに頷き、彼の徹底した生き方や覚悟に感心していた。
死海
窓外の風景は、荒涼とした丘陵地帯から荒々しい岩山が連なるダイナミックな山岳地帯に変化。やがてバスが急こう配の坂を登り切り、標高800mの峠にさしかかる。
ここから一気にマイナス400mの死海まで、実に1200mの落差を30分も掛けずに駆け下る。
途中、景観が小型グランドキャニオンとソックリなあたりに海抜ゼロメートルの標識があり、そこから、はるか下に薄緑色の死海が見え始めた。
死海というおぞましい名前から暗く澱んだイメージを抱きがちだが、実際の姿は全く反対の明るい湖でエメラルドグリーンに輝いている。
バスが湖面レベルまで下ると、日差しは強烈で死海の対岸のヨルダンの山並みが水蒸気の蒸発で霞んで見える。死海は世界で最も低地にある塩水湖。塩分の濃度は30%もあり、このため魚などが住めないところにこの名が由来する。
濃度が高いのはヨルダン川から流入する水の出口がなく、強烈な太陽で蒸発しまい水の中の塩分が濃縮してしまうからだ。
やがて、バスは死海周辺で唯一の町、エンゲ・ポックのホテルに到着した。
この町に最初にホテルができたのは、第3次中東戦争(1968年)の翌年とのことで歴史は意外と浅く、いまでは外資系のホテルが立ち並んでいる。
ここでは警察や兵士の姿も見かけることはない。イスラエルが紛争のさなかにあることを忘れてしまうくらい平和なところだ。
浮遊体験
S氏からここでしかできない「浮遊体験」を強く勧められた。
仰向けになり、じっとしたまま死海に浮かび、両手で新聞を広げる例のポーズのことだ。
死海周辺は亜熱帯気候のため、冬でも昼間は暖かく泳ぐことはできるという。
だが夕方になり小雨が降り始め気温が下がってきたので、ホテル内の入浴施設で擬似体験をすることにした。
観光客が手軽に利用でき、塩分濃度も死海と同じ30%にしてある温泉だ。
入ってみると、少しヌルットした肌触り。体を沈めると、どんどん抵抗が増していくのがわかる。
あおむけにひっくり返るような形で無事、初の浮遊に成功した。
この不思議な感覚は体験してみなければわからない。
死海の水は健康や美容にも効果があるといわれ、皮膚病やリュウマチの治療、そして泥んこエステも人気で訪れる人々も多いという。
夕食後ホテルのロビーで、S氏から死海はなぜ海となったかについて解説があった。
旅の仲間にとっては地理学的説明より、旧約聖書に詳しく記載されている死海の誕生ほうが大切なようでアブラハムやロトの人物、ソドムやゴモラの地名が出てくる話に熱心に耳を傾けていた。
事前に知識を仕込んでいた私も、話の内容の理解には仲間に負けていなかった。